<アートプロデューサー・彫刻家 田村務さんのページです>

<最近、更新された情報>

◎時代の精神を群像に込めて「時代を拓く」除幕式

 記念対談、製作にあたっての思い、写真などをアップ

                        (平成28年11月16日)

◎高校野球発祥の地記念公園竣工式 豊中市で   (2017-4-6)

 

 

 

田村務・梅光学院大学特任教授

 

 

◇梅光学院大学ホームページより

田村   アートプロデューサー・彫刻家

         梅光学院大学子ども学部・

           子ども未来学科 特任教授

 

略歴

 1948 大阪市に生まれる

 1971 京都市立芸術大学卒業

 1983 FIDEM国際芸術メダル大会参加

      (イタリア・フィレンツェ)

 1989 フランス芸術メダル研修

      (フランス・パリ・造幣局・メダルクラブ)

 1992 FIDEM大会出品参加(イギリス・大英博物館)

 1993 パリ・デュセルドルフ研修(フランス・ドイツ)

 1996 FIDEM大会出品参加(スイス・ヌーシャテル)

 2005 梅光学院大学教授

 2009 「大人がなんじゃい!田村務彫刻展」(山口・梅光学院大学博物館)

 

アトリエ 599-8111 大阪府堺市東区日置荘北町1丁47-11

 

 

梅光学院大学HomePage

 

◎高校野球発祥の地記念公園竣工式 豊中市で   2017-4-6

「球史ここに始まる」レリーフ前で記念公園の竣工式がありました。田村さんも数々の思い出を脳裏に描きながら、式典に参列しました。

◎ 新下関市立歴史博物館「時代を拓く」

2016年11月、新下関市立歴史博物館、中庭に設置「時代を拓く」~龍馬とお龍さんを含む明治維新の志士11名の群像~ ブロンズモニュメント

記念対談 前佐賀県有田町教育長 元下関市立美術館副館長との対談です

竣工除幕式のスナップの数々

2016年5月、堺、耳原総合病院新築を記念して玄関前に設置された「命のモニュメント、私にふれてください」ブロンズモニュメント

「自助自立」  大阪市淀川区新高1丁目、株式会社ニイタカの玄関

 

 

 

 

 

 

第65回全国高校野球選手権大会事業「白球の森」記念モニュメント『青春の             

  栄冠』制作(西宮市・鳴尾浜臨海公園)

白球の森 

豊中球場で始まった全国中等学校野球大会の人気は予想以上のものだった。鳴尾球場へ舞台を移してから中等学校野球は全国の野球ファンに見守られて大きく育ち、観客はうなぎのぼりに増えた。そして甲子園球場へ大きく羽ばたき、今日の夏の国民的イベント・夏の高校野球へと発展してきた。
 ファンの熱狂ぶりはすでに鳴尾球場時代に芽生えていた。スタンドでは母校の選手たちに熱い声援を送り、そのプレイに一喜一憂する姿が見られた。鳴尾球場での最後の大会となった第9回大会では、観客がグランドのなだれ込む騒ぎで試合が一時中断したり、球場近くの高圧線の電柱によじ登って観戦するファンも現れる始末で「感電死せぬか」と大会関係者をはらはらさせた。また、木によじ登って観戦するファンもあり「タダのうえに涼しくて言うことなしですわ」とご機嫌の様子だった。

 

 

 

                       河口彗海顕彰立像(堺市・七道駅)

 

慧海は明治時代、2回にわたってヒマラヤ山脈のチベットに入り、仏教経典や学術資料を持ち帰った、堺生まれの探検家的な僧侶。大阪を中心に多くの具象モニュメントを制作、設置してきた作者は、見上げるような高い石、セメントの台上に、雪の岩山のようなイメージの情景をしつらえ、重い荷を背負って杖にすがりながら難行苦行する姿を表現した。緑青の浮くブロンズ像が、当時では想像もできない距離と時間の風雪をしのばせる。

 

     河口彗海顕彰立像(かわぐちえかいけんしょうりつぞう)

 

 

 

             堺市・大仙公園  武内紹鴎像

              

 

            松本清張文学碑

      

 

          豊中球場跡「球史ここに始まる」レリーフ

 

       

 

                   いのちいきいき・大阪市立美術館

 

 

全国高校ラグビー大会80回記念モニュメント(大阪・阪急豊中駅前)

       

 

                     かえるもみみずもみなごめん

作歴

 ●農業担い手育成センター・ホール壁画 野焼き陶板制作(山口・福栄村)

 ●神戸市立博物館・外壁ブロンズレリーフ「南蛮屏風」制作・正面玄関

  電鋳レリーフ「神戸海岸繁栄図」制作(神戸市中央区京町)

 ●「河口彗海顕彰立像」制作(堺市)

 ●第65回全国高校野球選手権大会事業「白球の森」記念モニュメント『青春の             

  栄冠』制作(西宮市・鳴尾浜臨海公園)

 ●アンゼルセンハウス前庭ブロンズ「どんぐりの木の下で」制作(京都)

 ●住宅都市整備公団若山台団地野焼陶板「からす天狗」制作(大阪島本) 

 ●小野田市新沖緩衝緑地中央公園モニュメント「あ・そ・ぼ」制作

 ●奈良県第二浄化センター スポーツ広場竣工記念ブロンズ制作

 ●第70回全国高等学校野球選手権記念大会事業 高校野球発祥の地・豊中グ

  ラウンド跡地「球史ここに始まる」制作(豊中市玉井町)

 ●日本赤十字岐阜県支部「救護看護婦」像制作(岐阜県)

 ●東四国国体記念うずしお橋親柱競技者ブロンズ像制作(徳島県鳴門市)

 ●草津駅前A地区再開発事業エルティ932・歩道石彫制作

 ●武野紹鴎ブロンズ像制作(堺市・大仙公園)

 ●第75回全国高等学校野球選手権記念大会事業「鳴尾球場跡顕彰記念碑」

 ●青森県岩木町「世界一の桜並木形成事業」シンボルモニュメント制作

 ●大井ハイランド中央公園モニュメント制作(岡山県笠岡市)

 ●下関彫刻シンポジウム「松本清張文学碑」制作(山口県下関市)

 ●大阪府まちづくり功労者表彰記念碑制作

 ●「私は自分を信じて走り続けた」制作(下関陸上競技場)

 ●全国高校ラグビー大会80回記念モニュメント(大阪・阪急豊中駅前)

 ●第71回~76回全国高等学校野球選手権大会・優勝盾・メダル制作(夏の高                   

  校野球)   

 ●’98~ジャパンパラリンピック大会メダル「生きる・輝け」「嵐」制作

 ●梅光学院大学・学長賞賞牌制作(山口県下関市)

 ●㈱ニイタカ新社屋竣工記念モニュメント「自助自立」制作(大阪・西淀川区)

 ●東行庵中興三世玉仙大和尚像制作(山口県下関市)    

 

 2006.5・29 中國新聞より

 

理論より実践「子ども学部」

下関と岡山の2大学に相次ぎ誕生  

 

 遊園地や保育所で授業

 梅光学院大(下関市)に二〇〇五年春、中国学園大(岡山市)に今春、

相次いで「子ども学部」が誕生した。「子ども(こども)」を冠した学部は、

全国でも計六大学とまだ少ない。子どもをめぐる現代の問題に多角的

に迫ろうとの狙いがこもる。(森田裕美)

 

 

 中国学園大の実習室。一期生の男女

約四十人が色画用紙から花やこいのし

ぼりを切り抜いている。造形の授業だ。

はさみを動かしながら保育士志望の

浅利武弘さん(19)=福山市=の胸

をある思いがよぎる。「ただかわいい

とばかり思っていた子ども観が変わった」

 入学して二カ月足らず。現代子ども論の授業で「学級崩壊」の記録

ビデオを見た。「子どもの心の陰をのぞいた気がして、預かる責任の

大きさを感じた。心をしっかり学びたい」と話す。

「現実と向き合う」

 「資格重視の詰め込み教育や古い理論では、今の子どもを理

解できない」。子ども学部の設置に奔走した高旗正人学部長(教

育学)。「保育士や幼稚園教諭を目指す学生に、まず子どもとは

何か、現実に向き合ってもらいたい」と言う。一期生の八十人は

今月、県内の遊園地や美術館、保育所に出掛け、子ども観察の

実習を始めた。

 ひと足先に子ども学部を創設した梅光学院大も体験学習を重

視する。大学付属の多世代交流センターや幼稚園を現場にした

授業、個々の学生がアポイントを取って福祉施設などに出向くフ

ィールドワークをカリキュラムに組んでいる。

 「子どもに接する学生の感性を磨き、子どもの未来を切り開く人

材を育成したい」(黒田敏夫学部長)とユニークな授業づくりに力

を入れる。

 

 

 キャンパス近くの戦場ケ原公園で、二年生五十六人が靴下で

うろうろ歩いていた。靴下にくっつく雑草の種を集めているのだ。

学生たちは大事そうに靴下を大学まで持って帰り、鉢に植えた。

 児童文学者の村中李衣教授と彫刻家の田村務教授の共同プ

ログラム「わたしの野原」。「鉢の一つ一つが違った野原になるは

ず。普段は目を向けない雑草の命に目を向けよう」と村中教授。

学生が読み聞かせ

 教員の意欲はもう学生に伝わっている。学内の同好会で読み

聞かせを学んでいる学生十人は今、幼稚園の保護者や地域住

民と協働で、手押し車に絵本を積んで県内外を回る活動を準備

中だ。昔の紙芝居屋さんのように路地で絵本を読むという。

 宇部市から通う二年生の児玉恵さん(19)もメンバー。「障害

児を教える技術が学べればいいと思って入ったら、教室外の授

業が多くて初めはびっくりした。子ども以上に自分の内面を磨く

必要があると知り、今では授業の意義を理解できるようになっ

た」。最近は週一回、地元の養護学校に出掛けるボランティア

が楽しみになっている。

(2006.5.29)